「終わりの始まり」―君たちはどう生きるか
甲南大学学生相談室 カウンセラー 友久茂子
コロナ禍が明けて初めての新年、短いお休みでしたが、皆さんはどのように過ごされたでしょうか。私は長く務めてきた学生相談室について、いろいろ思い巡らしていました。
甲南大学学生相談室は1989年に学生部から独立して、かつて外国人教員の宿舎であった、小さい二階建ての日本家屋で開室しました。その翌年から私は週4日カウンセラーとして勤務し始め、ほぼ34年間人生の後半のほとんどを学生相談室で過ごしたことになります。
34年前といえば、殆どの学生さんはまだ生まれていません。その頃は、パソコンもスマホも一般的ではなく、学生さんの生活ものんびりとしており、社会情勢も地球環境も今よりは安定しており、核、戦争、飢餓、地球の温暖化といった言葉はほとんどの日本人は遠い国の出来事と感じていたように思います。
地球は46億年前に誕生したといわれていますから、それに比べれば学生相談室の歴史はほんの一瞬ですが、この34年間は地球の「終わりの始まり」を、私に感じさせてくれる年月でした。
つまり、今日私たちは地球環境の悪化による厳しい現実の中で過ごし、34年前には考えられなかった世界の悲惨な出来事や生命の危機を伝える映像を、日常的に目にしています。これは美しい地球の「終わりの始まり」のように思えてなりません。
人類の絶滅を午前0時になぞらえた「世界終末時計」によると、2023年現在「終末時計」の残り時間は90秒といわれ、人類は確実に絶滅に近づいているという事です。
人は誕生と同時に終わりが始まっていますが、その間を成長と意識しており、「終わりの始まり」を意識することは少ないです。地球も環境の便利さを進歩と感じていますが実は絶滅に近づいており、残された時間は90秒だと終末時計は警告しています。
甲南大学の皆さん!人類絶滅の危機を防ぐために、2024年はどんな努力をしますか?
No.109 2024年1月16日
桜を喰うスズメ
学生相談室カウンセラー 青柳寛之
新入生のみなさま、入学おめでとうございます。在学生のみなさんは、新しい年度が始まりますね。4月は年度のスタートの印象が強いので、どうしても新学期とか、春の話になってしまいます。今回もそんな話です。
春、新学期といえば桜ですが、最近は開花時期が早まっている気がします。みなさんがこの文章を読んでいるときはすでに散っているかもしれませんね。桜が自然に散るときは、花びらがひとつひとつバラバラになって散ります。それが風に流されて吹雪のようになるので、「桜吹雪」と言われたりします。
しかし、たまに、桜の花がまるごとボトリと地面に落ちているのを見かけることがあります。その桜の木はまだ満開で、散り始めていません。さらによく地面を探すと、一つだけでなく、いくつも、まるごと落ちている花が見つかることもあります。
見上げてみると、スズメが何羽かいて、せっせと花をちぎって落としていました。ちょこまかと動いて、なんとも可愛い絵ではあるのですが、ギャング団のようでもあり、ちょっとたちの悪い遊びだな、とも思いました。そのときはそう見えました。
しかし、調べてみるとどうも違うようで、花を根元からちぎって、蜜を吸っているようなのです(いつもではなく、そういうときもある、くらいのようですが)。「盗蜜」という言葉もあるようで、食事中ということなのでしょうか。そういう目で見ると、「美味、美味」というスズメの声が聞こえてきそうです。
新入生等の歓迎行事でなくても、花見に行く人は多いでしょう。そこで何を体験するかは人によって違うと思いますが、ちょっと視点を変えてみると、意外なことが見つかるかもしれません。
4月はあわただしい時期ですが、どこかでじっくり、ゆっくり体験するゆとりを持とうとしてみると、こころの健康にとってもいいことがあるのではないでしょうか。
No.110 2024年3月22日
図書館探索のススメ
学生相談室カウンセラー 浅田恵美子
こんにちは。この春から学生相談室のカウンセラーとして勤務している浅田です。
はじめましてなのでちょっとした自己紹介をしますと、私は読書が好きで、それと同じくらい図書館も好き。いろんな図書館を渡り歩いて、手当たり次第に本を借りるということを一つの楽しみにしています。
Z世代のみなさんの中にも、本は「紙派」という人も結構おられるのではないでしょうか。電子書籍はデバイス一つで何冊も読めたり、すぐ転記できたりと非常に便利ですが、紙の本の持つ独特の匂いや手触り、ページをめくって活字を追っていく読書のプロセスなどには、デジタルにはない、本とのかかわりの親しさがあるように思います。
また、棚を眺めながら歩き回り、興味を惹かれたものをどんどん手に取ってぱらぱらと開いてみるような、気軽な出会い方ができるのも、紙の本ならではです。しかもそれが図書館ではタダで借りられる!
題名や装丁にピンと来た本、周囲から浮かびあがるように見えた本などを手に取って読んでみると、意外なほどにそれがはまったりします。
ちなみに私が最近借りた本は…「あこがれ」(川上未映子:好きな作家さんの小説)、「紙片と眼差しとのあいだに」(宮川淳著:美術論考)、「ある日の村野藤吾」(村野敦子著:建築家 村野藤吾の日記)、「日々是好日」(森下典子著:茶道エッセイ)など、ジャンルも傾向も違うものばかり、いわゆるジャケ借りです。(今もそんな言い方をするでしょうか?)
好きな作家さんの作品をシリーズで読んでいくことも楽しみですが、この「気になるものを手当たり次第読んでみる」というやり方も、自分のアンテナでキャッチしたものが知らない世界を開き、視野を広げてくれるという点が気に入っています。
ネットでおススメされる情報は、自分の興味関心に偏りがち。みなさんもたまには、アナログな情報の海の中を自分のアンテナを頼りに進む、図書館探索をしてみてくださいね。
休みをしっかりと休むこと
学生相談室カウンセラー 松本 知子
前期も折り返しを迎えましたね。GW明けてから休みなしの状態なので、しんどいと感じ
ている人も多いのではないでしょうか。
暦で日曜は休みとなっています。キリスト教で言うと、日曜は教会へ通うための日で、
土曜が「安息日」という休みをとる日となっています。「安息日」と言うと宗教的な言葉
になりますが、労働をしない日ということです。平日5日間を仕事や学校で過ごし、土曜
は休みの日、日曜は教会へ行く日という位置付けです。日本にも暦が入ってきて、日曜は
休日という日になっています。社会人になる際に、週休2日の所がいいと考える人も多い
でしょう。
休みの日にアルバイトをしたり、友達と遊ぶ予定を入れたりと忙しく過ごす場合もある
でしょうが、どんなに楽しいことをしても、疲れもたまっていきます。土日に予定が詰ま
ったまま平日を迎えると、そこから5日間、学校に通う日々で連勤のような状態になって
しまいます。
休みはしっかりと休息をとって、リフレッシュしてそこから5日間を乗り切ってほしい
と思います。課題や予習をしなきゃということもありますが、なるべく1日か半日はゆっ
たりと過ごせる時間を設けましょう。休むと決めても頭の中であれをしなきゃ、これをし
なきゃと考えていると、残念ながら休息していてもリフレッシュにはなりにくいでしょう
。休む時はとことんしっかりと休むというのは、案外難しいことですが、メリハリをつけ
て休む時・動く時と分けて、乗り切ってほしいと思います。前期を終えるまであと2か月
、一息つく時間を意識しながら取り組んでくださいね。
夏を楽しむ
学生相談室カウンセラー渡里千賀
「珍しきものあり。氷をいろいろに染め、ものの形を作り、これを出す。
味はいたって甘く、口中に入るるにたちまち溶けて、まことに美味なり。
之をアイスクリンといふ。」
これは、初めてアイスクリームを食べた日本人の感想です。江戸末期の1860年、日米修好通商条約を交わすためにアメリカを訪れた徳川幕府の使節団のメンバーである柳川常清が日記に残したもので、生まれて初めて食べたアイスクリームの美味しさに驚嘆した様子が伝わってきます。
まさに未知との遭遇だったことでしょう。ちなみに一緒に渡航した勝海舟、福沢諭吉、ジョン万次郎も初めてアイスクリームを食べた日本人と考えられています。
さて、本格的な夏がやってきました。今年も猛暑になりそうです。冷蔵庫もエアコンも、当然アイスクリームもない時代、人々はどうやって夏の暑さを凌いできたのでしょう?
金魚鉢、打ち水、風鈴、うちわなど、日本の夏には「涼」を得る工夫がたくさんあり、その多くは五感を使って感じるものです。
例えば、打ち水は気化熱で地表の熱を発散する効果に加え、濡れた地面を目にすることで視覚的にも涼しさを感じることができます。また、リーンと鳴る風鈴の音は、風のリズムを感じさせ、人は「風が吹いている=涼しい」と思うそうです。
加えて風鈴の音には、魔除けの意味合いもあり、「風鈴の音が聴こえる所では悪いことは起こらない」と信じられていました。このように、音や風景やにおいが記憶の中の涼しいイメージと結びつくことで涼を味わうことができるのです。
また、今日まで続いている伝統や習慣の、理由や由来を知ることでさらに「夏」と「涼」を楽しむのも一興かもしれません。
今回、私は大好物のアイスクリームの歴史について調べてみました。日本で初めてアイスクリームを作った町田房造という人は、横浜馬車道通りで「あいすくりん」を販売する氷菓屋を始めました。
1人前は2分(現在の約8000円)、女工の月給の半分というたいそう高価なものだったそうです。今年の夏は、初めて口にした人の感想と手軽に入手できるありがたさを感じつつ、アイスクリームをじっくり味わってみようと思います。
自然のイメージと“備え”
学生相談室カウンセラー 長谷雄太
もうすぐ季節が秋へと移ろうとしていますが,満足のいく夏を過ごせたしょうか?
今年もうだるような暑さで,思うように行きたいところに行けなかったり,体調を崩してしまったりした人もいるかもしれません…。
そして暑さもさることながら,先日の台風に加えて地震への警戒が呼びかけられるなど,少し緊張感のある夏だったのではないでしょうか。
危険を感じると人間は不安になりますし,不安になるとこころはどんどん疲れていきま
す。多くの人は後期が始まることにもストレスを感じるでしょうし,こころのメンテナン
スを欠かさないようにしてくださいね。
先日の台風で私は初めて知ったのですが,台風は自分で“動く”ことはできず,風などで“
流されている”そうです。台風は生き物のように動くと思っていた私は,自分の中のイメー
ジが大きく崩れた感覚がありました。
「台風の目」という言葉にも表されていますが,人間はこうした自然現象を“擬人化”したり身近な動物になぞらえて捉えたりすることがあります。
神様や妖怪の逸話がいい例で,例えば日本の一部の地域で台風は「一目連」という神様(妖怪)によって引き起こすと信じられていた時代がありました。江戸時代には地震は地下の大ナマズが引き起こすと言われていたこともそうした例の一つです。
今では科学の力で多くの災害のメカニズムが解明されていますが,昔は当然わけが分からないもので,ただただ恐ろしい理不尽なものに感じられていたでしょう。
そのわけのわからない現象を何とか理解しようとして,人間の豊かなイメージを駆使して神様や妖怪を想像し,その現象を言い伝えたり祀ったりして“備え”ていたとされています。
今も昔も災害の恐ろしさは変わりませんが,今は昔より豊かな“備え”をすることができます。皆さんもこの機会に,自分のこころや身の回りに関する“備え”をチェックしてみてくださいね。
万博と2つのコスモロジー
学生相談室カウンセラー 高石恭子
涼しい風が顔に優しく、ようやく少し落ち着いた気持ちで物思いに耽ることができる季節になりました。
コロナ禍があけ、先へ、先へと急がされるせわしい社会のムードが加速しているように感じられる昨今ですが、脳に睡眠の時間が不可欠なのと同様、心にも周期的な休息が必要です。
「何か」を考えるのではなく、安心できる場所で、ぼーっと心の赴くままに漂わせてみる。そうすると、未消化のまま溜め込まれていたいろいろな感情や思考の断片が解放され、自由に動き出します。
つらい気持ちが蘇ったら、自分をいたわり、静かに涙を流す時間も貴重です。ばらばらだった断片がふいに結びついて意味をもち「あ、こういうことだったんだ」「こうしてみたらいいんだ!」という閃き(俗に言われるA-ha体験)が訪れることもありますね。
創造的な考えの多くは、このような瞬間に出会うものです。先月、ぼーっとニュースを眺めていたら、来年大阪で開催される万国博覧会で、ある企業が出展するパビリオンのナビゲーターに「鉄腕アトム」を起用したという記事が目に留まりました。
アトムは「人とテクノロジーの共生」の象徴とされているのですが、そこに私は微かな違和感を覚えたのです。なぜ今、アトム…?数週間して、またぼーっとしていた時に、閃きが訪れました。
アトムは、手塚治虫が1952年~68年に雑誌に連載したSF漫画の主人公で、近未来(2003年)に科学者によって作られた心をもつロボットです。
テクノロジーの力で経済発展を目指し、皆で頑張れば皆が幸せになれるという右肩上がりの世界を信じた時代。
戦後の復興から高度経済成長時代を迎えた当時の日本人の希望の象徴でもあり、1970年に開催された大阪万博にこそふさわしいナビゲーターだったはず。
その後、環境汚染や破壊、生物の絶滅危惧などの問題が顕わになり、人類は世界観(コスモロジー)の変革を迫られました。リサイクルに始まり、今はSDGs(持続可能な開発目標)の時代。右上がりのリニア(直線的)な世界は、いつか終わりが来ます。
持続可能な世界とは、いのちもモノも循環するサイクルの世界観にこそ支えられる必要があるのではないでしょうか今、日本に生きる人々は、SDGsを理念に掲げながら、実はアトムの世界観への郷愁を断ち切れず、幻影にしがみつこうとしているのではないか。
そのダブルバインドが、若い学生のみなさんだけでなく、多くの人が生きづらいと感じる世の中を作っているのかもしれないと思います。
皆さんは、どんなふうに感じられますか。